さそりのブログなんです

やりたくないことは、やりたくないわ。

素敵な友達を作る、たった一つの方法。

ちょっとだけ頑張ったら、

素敵な男友達が何人も(全員所属はバラバラ)できて、結果的に幸福度と自信が高まっちゃったので、

ノウハウを共有します。

ノウハウといっても、たいした話は全くございません。

結局、

「こいつと一緒にいると楽しい!」と思うやつを、勇気を出して、ご飯や飲みや遊びに誘う。

それだけです。



目次

1.ぼくには友達がいなかった

2.友達をつくってみた

3.友達をつくるのも自分を愛するため

4.それでも友達はいなくていい



1.ぼくには友達がいなかった


ぼくが大学に入って1年と半年が経とうとしていますが、
最近まで、大学に友達が一人もいませんでした。


いや、大学だけじゃないですね。
中学高校と、僕が友達だと思ってる人は、じつは、ひとりもいなかったです。
部活には入っていて、それなりに、いつも一緒にいるやつはいました。
でも、僕は、そいつらのことが、別に好きじゃなかったんですよね。
一緒にいといて失礼すぎですけど。


大学では、サークルに入っていませんし、バイトもたいしてしていなかったし、
クラスでもいつも誰とも喋らなかったので、当然友達ができなかったですね。


別にそれでいいと思っていましたし、むしろ友達なんていないほうが自由でいいんだ、と、
思っていました。友達といつもつるんで飲んでるやつって、馬鹿だなあとも思っていました。


今でも、その気持は半分はあります。友達なんて、まあ、いなくても全然いいよな、と。


でも、その一方で、「ほんとうかな」と思う気持ちもありました。


友達がいないというのは、誰にも依存できないということです。
人間関係のストレスがなく、気が楽かもしれないですが、
果たしてそれが本当に自由な状態なのかというと、どうなんでしょう。


ぼくはあらゆることにおいて自由を求めます。


経済的にも、人間関係でも。


人間関係において自由であるとは、友達がいないということなのだろうか。


そうでは無いだろうと考えました。
人間関係において自由であるとは、多様な集団のリーダー的な存在と、つながりを持っていること。


すなわち、特定の集団にのみ属するのではなく、複数かつ多様なコミュニティに属していることこそが、人間関係において自由を持っているということだ。



…なんてことは全然考えてなくて、ただ、単純に友達がちょっとぐらいいたほうが楽しいんじゃね?と思っただけです。


で、一回、素敵なともだちっていうのを、頑張って作ってみてもいいんじゃないか、と、ふと思ったんですね。



2.友達をつくってみた


で、こいつと友達になりたい!っていうやつに、人生で初めて!、じぶんから連絡を取って、ごはんとかに誘ってみたわけです。


女の子をデートに誘うのと同じです。
相手が好きそうなお店を提示して、「行かない?」と誘う。(女の子に対しては「行こう!」ですが。余談ですね)


そしたら、


あれよあれよと「行こ行こ!」ってなっちゃいまして、
「あれ? 意外と簡単なんだな」
と思いました。


そう、意外と超簡単なんです。


超簡単だし、自分が一緒にいて楽しいと思えるやつと一緒にいられることが、こんなに楽しいのか! 付き合う人間ってすげー大事なんだな!ということに、天性のリア充だったらまあ小学生とか幼稚園ぐらいで気づくんでしょうけど、ぼくは、大学2年生にして、ようやく気づいたんですね。


気づいてよかったよほんまに。


3.友達をつくるのも自分を愛するため


ぼくがともだちをつくろうと思ったきっかけは、平野啓一郎さんのこのスピーチと、彼女の存在です。



Love others to love yourself | Keiichiro Hirano | TEDxKyoto 2012


平野啓一郎さんは、「分人主義」という考えかたをもとに、自分を愛するために、人を愛そうと説きます。


ぼくたちには、自分のなかに、いろんな自分がいます。


穏やかな自分。
嫌なやつな自分。
ユーモラスな自分。
怒りっぽい自分。
知的な自分。
プレイボーイな自分。
やるきのない自分。
このときの自分は好きだな、という自分。
このときの自分は嫌いだな、という自分。


それは、全部自分なんだけど、一緒にいる人間によって、現れてくる自分が違ってくるんだ、
と、平野さんは言います。


そして、自分のことを好きになるために、「この人といるときの自分が好きだ」と思える人を、愛するのがいいんじゃないか、と。


スピーチでは主に恋愛に焦点を当てて話されていましたが、この考え方は、同性の友人にも適用できます。


ぼくが声をかけたのは、全員、「こいつと一緒にいると、すごく気持ちよくいられるな」と思える人です。
で、じぶんの中の好きな面を強化するために、そいつと一緒にいる時間をつくりたいと考えたわけです。


もうひとつ、彼女の存在について。


ぼくの彼女は、ぼくにとって、まさに、「この人と一緒にいるときの自分が好きだから、愛している」人なんですね。いまの彼女に出会ってから、ぼくは自分のことを、以前よりはるかに愛せるようになりました。


そんな彼女には、話を聞いていると素敵な友人が何人かいて、その友人の話をよくしてくれます。その友人の話をしているときの彼女がすごく楽しそうなので、素敵な友人を少しぐらいつくるのもいいかもしれないと思ったんですね。



4.それでも友達はいなくていい


まあぼくはそれでも、友人は別にいらない派なんですけどね笑


でもね、人生のある瞬間ぐらい、素敵な友達がいるのはなんかいいと思ったしね。


何より、ぼくが死んだときに、その友達が「あんなやつがいたなあ」と涙を流してくれたりして、ざまあみろ!FUCK!って棺桶の中で中指を立てて叫びたいんですね。


それが、ぼくが素敵な友達をつくった本当の動機かもしれません。


まあ、動機はなんであれ笑、素敵な友人がいたほうが人生は楽しいんじゃないでしょうか。ただし、素敵じゃなかったらだめですよ。君の人生を邪魔するような人はだめです。


そんな友達だったら、素敵な恋人がいるだけのほうがいいと思います。


私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

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