さそりのブログなんです

やりたくないことは、やりたくないわ。

中学受験塾で女子に愛されていた話

中学受験の塾に通っていた、小学生のときの話だ。


その日は来月からのクラスが発表される日だった。掲示板のクラス発表を見ると、ぼくの名前はいまのクラスと同じ、Sクラスのところに書かれていた。一番上のクラスだ。


授業が始まるまでしばらく時間があったので、校舎のベンチに座って次の授業の予習をした。「社会」のテキストを開いて、「三陸海岸は、リアス式海岸…九十九里浜は、砂浜海岸…」


そのとき女子がぼくに、斜め前からゆるりと近づいてくるのを視界の隅に感じた。顔を上げると、同じSクラスの「まゆ」という子だった。


目が合ってしばらくして、まゆは言った。


「クラス…どこだった?」

「え、Sだったよ」

するとまゆは、頬を赤くしてニコッと笑い、

「そうなんだ。私もSだったよ」

そう言って、小走りに立ち去って行った。


…なんだこれ?


ぼくはまゆと、それまで一度も話したことはない。というか目が合ったことすら初めてだ。


まゆは、ちょっとおっとりした雰囲気で、クラスの中ではあんまり喋らないほうだった。喋っているのを見たことはあるけれど、小さな声で女子と話しているのをたまに見るくらいだ。男子と話しているのは見たことがない。


…もしかしたら、ひそかにぼくのことが気になっていて、クラス分けというタイミングで、勇気を出して声をかけてくれたのかも。そう思った。だってぼくがSクラスって言ったとき、ちょっと喜んでたし。


そうしてぼくは「まゆはおれのことが好き」という仮説を立てたが、その後ぼくの方からまゆに声をかけることはなかった。「好き」だとして、どういうふうに接していいのか、全くわからなかったからだ。


ぼくはまゆの好意をただひそかに誇りに思いながら、マジメな顔をして塾に通い続けた。


まゆとの関係はその後なんの変化もなく、ぼくたちは6年生になった。


6年生からは志望校別の授業がはじまり、ぼくはもといた校舎から別の校舎に移って、授業を受けるようになった。もといた校舎から、ぼくだけじゃなくて何人か、いっしょに校舎を移った。まゆは、もとの校舎のままだった。


ある日、いっしょに校舎を移った友達のひとりと、電車に乗って塾から帰ったときのこと。


そいつが、

「まゆって覚えてる?」

と言った。


「うん、覚えてるけど」

「あの、Sクラスの」

「うん」

「あいついま退塾させられそうになってるらしいで」

「…え?」

「カンニングが先生にバレたらしい」

「…?」

「おまえとか成績が良いやつの答案を、カンニングしまくってたんやって」

「…そうなん」

「まあそんなことしたら、退塾やろな」

「…ま、そんなことするヤツがどうなろうと、どーでもええわ」


自分の口調が、急にきつくなったのを覚えている。


まゆは、ぼくのことが好きで声をかけてきたのではなかった。単に、これからもぼくからカンニングできるのかを確認するために話しかけてきたのだ。同じクラスだと聞いて見せた笑顔は、安堵の表情だったのだろう。


いっしょに帰っている友達に、あの日のことは話さなかった。


ぼくはただ黙って、窓の外を流れる淀川を眺めた。


まゆがその後どうなったのかは知らない。


ぼくは中学受験自体はうまくいったのだけれど、街中で見かける日能研やSAPIXの小学生を見かけても、なぜか好きになれなかった。その理由がずっとわからなかったのだが、もしかしたら、案外この事件のせいなんじゃないかと思い始めている。いやこじつk