さそりのブログなんです

やりたくないことは、やりたくないわ。

彼女とアドラーの「幸せになる勇気」を実践してみてるけど幸せすぎるよ

生まれてはじめて愛に取り組んでいる。


こないだ彼女と旅行に行って愛を進めたら、幸福感がやばい。死なないけど、もう死んでも後悔はない。


今日は、そんな彼女との恋愛のことを書いてみたい。


ぼくの恋愛にだれが興味があるかって?たしかにね。


だけどいまぼくがこんな気持になっているということを、例外的に確実に知りたいひとが、いるんだな。1年前のぼくである。


1年前のぼくは、童貞で、彼女がいたことなくて、家で筋トレして寝るしか楽しみがなかった。マッチングアプリで彼女をつくろうとしているけど、メッセージが続かなくてなかなか女の子とデートすらできていなかった。


そんなぼくが、1年後、幸福な恋愛をしていることを知ったら、力が湧いてくる気がするんだ。


そしてこのいまの幸福な気持ちは、時間とともに消えて無くなってしまうかもしれない。この気持ちを書けるのはいまのおれしかいない。


だからおれは、この「気持ち」があるうちに、彼女との恋愛の話を書いておくことにするよ。


思春期の日記みたいな文章になると思うから、こわいものみたさで読んでおくれ。




最初にも書いたが、いまぼくが幸せな気分なのには、彼女との恋愛が関係している。


ぼくはいまの彼女とたまたま出会った。運だ。マッチングアプリでどちらかがいいねをして、マッチングした。


やりとりがスムーズにいって、喫茶店で会った。


まるで長年付き合っているカップルのように会話がはずんだ。もう出会って30分ぐらいにはぼくの体から幸せホルモンがぶしゅーっと出ていた。一緒に歩いているだけで楽しい子と出会ったのはそれが初めてだった。


その後LINEで、ぼくの家の近くのレストランに行こうと打診した。彼女は快諾した。


食べ終わってお店を出て、家へ。「ここがおれの家」と言うと、「よし、行ってみよう!」と彼女は言った。


「行ってみよう!」なんだな、と思った。家の前でごねごねしたとき用のセリフも決めていたのに、彼女の前では完全に杞憂だった。


そして僕らは付き合うことになった。


これからもいろんなところに行くけど、もうずいぶんいろんなところに行った。


ほとんどのデートのあとで彼女から「ありがとうね」とLINEが来て、たまに来ない笑ときにはぼくから「ありがとう」と送ると彼女からちゃんと「ありがとう」とLINEが来た。


あるデートの帰り道、手をつなぎながら彼女は「温泉に行こうよ」と言った。


「一緒にお風呂に入りたい」と。前に男の人と一緒にお風呂に入ったときに、すごく楽しかったのだと言う。


ほかの男の人はどうか知らないけど、ぼくは、彼女に前付き合っていた人の話をされても別に不快ではない。そうか、楽しかったんだね、と単純に思った。


だからきのう記事に書いたように、箱根に行ってきた。


www.freeagentsasori.com



いっしょにお風呂に入った。なるほど、と思った。いっしょにお風呂に入って楽しいというのはこういうことなんだな、と。


いっしょにお風呂に入ってひとつの生きものになったぼくらは、次の日どしゃぶりのなか箱根を回った。ぼくが傘を持ち、彼女はぼくの腕につかまった。そういうひとつの生きものとして、箱根を観光した。


雨でずぶぬれなのに、ふたりとも全然機嫌悪くならなかった。


新宿に帰ってきて別れる前に、手をつないでぶんぶん振りながら今年中にディズニーに行こうねと約束した。





この恋愛がいつまで続くのかは分からない。


彼女が他に男を見つけることだってあるだろうし、仕事が忙しくてもう会えないってなることだってあるだろう。ぼくに他の女のひとができちゃうかもしれないし。


だけど、そういう風に恋愛が永遠じゃないからって、いま目の前にある恋愛を存分に楽しんではいけない理由にはならない。


いつか終わるとか、長く付き合ってるとか関係なく、いま目の前に流れている恋愛に合わせて、思いっきりダンスすること。


いまのぼくはそれをちょっとだけ、幸運にもできていて、そしてそのおかげで幸福を感じているよと1年前の童貞だったぼくに教えてあげたくて、この記事を書いた。


今日もさそりのブログに来てくれてありがとうございました。






この文章とぼくたちの恋愛は、岸見一郎さんと古賀史健さんの「幸せになる勇気」を参考にしてつくられています。

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

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